支那そば」が直久の原点久の原点。
直久の歴史は始まりました。十四坪の小さな店から、

大正のはじめ

山梨県甲府市に、初代の土橋直久が「更科」を創業。日本そば、うどん、ほうとう割烹と中華料理類の販売を開始。「更科」の数あるメニューのなかでも、直久がつくる支那そばが特に評判を呼び、瞬く間に地元の人々に愛される人気店となった。

大正のはじめ
昭和40年代

昭和40年代

昭和四十二年十月、初代の名を取った「本場の味らーめん直久」を銀座に開店。「昔ながらの安くておいしいものを」との想いから、直久が看板メニューに選んだのは自慢の支那そば。以来、評判の店となり、四十七年には「新橋店」を開店。同年十月には、お客様の要望に応え、おみやげらーめんや餃子の店頭販売も開始した。

いち早く始めた通信販売 多くの人に食べてもらいたい

昭和50年代

昭和五十年、品質向上と業務拡張のためセントラルキッチンを導入。同時に中華食品の製造販売を行う直久商事株式会社を創設する。五十四年には、銀座松屋デパートに「銀座松屋店」を、青山ビル(ツインタワー)に「青山店」を開店。五十六年からは、日本橋三越本店をはじめ、各有名デパートでのおみやげ販売も開始。

昭和50年代

平成元年〜

平成元年には「新宿西口店」を、翌々年には「都庁店」をオープン。さらには江東区新木場に直久調理管理センターを開設し、仕入れから調理・製麺・加工・配送までをトータルに管理する体制を整備。以降、「新木場店」「水道橋店」「久里浜店」「川崎店」「人形町店」を開店し、現在は8店舗で創業以来変わらない直久の味を提供する。

平成元年〜